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大阪地方裁判所 昭和60年(ヨ)3431号

申請人

水上恵太郎

右訴訟代理人弁護士

分銅一臣

在間秀和

大川一夫

被申請人

株式会社サン書店

右代表者代表取締役

倉橋文雄

右訴訟代理人弁護士

田邉満

右当事者間の昭和六〇年(ヨ)第三四三一号配転命令停止仮処分申請事件について、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

一  申請人が被申請人に対し、労働契約上の地位を有することを仮に定める。

二  被申請人は申請人に対し、昭和六〇年九月二五日支払分以降、本案訴訟の第一審判決言渡に至るまで、毎月二五日限り、一か月金二三九、三九五円の割合による金員を仮に支払え。

三  申請人が被申請人の西荻窪支店において就労すべき義務のないことを仮に定める。

四  申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  主文第一、第二及び第四項と同旨。

2  被申請人は申請人に対し、昭和六〇年九月二五日支払分以降本案第一審判決言渡に至るまで、毎月二五日限り金二三九、三九四円(但し、健康保険料、厚生年金、雇用保険料・所得税、住民税を控除した後の金額)を仮に支払え。

二  申請の趣旨に対する答弁

1  本件申請はいずれもこれを却下する。

2  申請費用は申請人の負担とする。

第二当裁判所の判断

一  次の事実は、当事者間に争いがない。

1  雇用契約

(一) 被申請人は、肩書地に本店を置き、西宮、新開地、鹿児島、長崎、垂水、西荻窪など三〇店舗を有し、書籍、雑誌の取次及び販売、ビデオソフトのレンタル等を目的とした流通販売会社であり、昭和五三年一〇月一三日設立以来、七年余で年商三〇億円と急成長を遂げた会社である。

(二) 申請人は、昭和五六年一一月二七日被申請人に雇用され、昭和六〇年七月当時、大阪府枚方市所在の楠葉店で勤務していた。

2  本件配転命令

被申請人は、申請人に対し、昭和六〇年七月三一日付で「西荻窪店勤務(配属日八月五日)を命じる」旨の配転辞令を出し、同年八月三日右辞令書を申請人に交付した。

3  本件解雇

被申請人は、申請人が本件配転命令に応じなかったため、昭和六〇年九月一三日付で、申請人が右配転命令を拒否したのは就業規則第五六条五号に該当するとして諭旨解雇処分にし、右解雇の意思表示は同年九月一六日到達の書面をもって申請人に通知された。

二  当事者間に争いのない事実及び本件疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。

1  就業規則

被申請人の従業員就業規則は、懲戒処分として、戒告、減給、出勤停止、昇給停止、諭旨解雇、懲戒解雇を定め(第五四条)、解雇事由として、「異動を拒み、または業務命令に従わなかったとき」(第五六条五号)と定め、解雇事由に該当する場合は、懲戒解雇に処す(ただし、その情状により諭旨解雇することがある。)と定めている。

2  被申請人

(一) 被申請人には、役員が社長倉橋文雄以下四名おり、従業員として課長二名、スーパーバイザー五名を含めた正職員約九〇名、その他パートタイマー、アルバイトの臨時職員が約二〇〇名いる。

(二) 被申請人は、多店舗による全国的な経営形態を目指し、現在第一商勢圏(近畿地区)に一四店、第二商勢圏(九州地区)に六店、中四国地区に五店、関東・北陸地区に五店を有し、そのうち駐車場付郊外型の売場面積一〇〇坪タイプの大型店は、近畿地区に五店、四国地区に一店で、テナント出店の売場面積五〇坪タイプの中型店は近畿地区に三店、九州地区に六店あり、他は売場面積二五坪以下の小型店となっている。

(三) 被申請人としては、これまで小型店中心で展開していたが、長期的には昭和七〇年上場を目指し、短期的には年商五〇億円突破を目標とし、近畿、九州地区における店舗の充実に力を入れること、店舗の規模としては売場面積が狭く新しい商品政策を講じることができない小型店については、撤退するか、あるいはスクラップ化し、近隣に大型ないし中型店として出店することとしている。

3  本件配転命令に至る経緯

(一) 申請人の経歴

申請人は、昭和五六年一一月二七日被申請人に雇用され、同年一二月一日から同日開店の茨木店(茨木市)勤務となり、昭和五八年一月、専務以下本部スタッフの中心人物の全員が退職したことから入社一年前後の従業員が各地区担当ブロックのスーパーバイザー(店舗を管理運営する職位)になり、申請人も同月尼崎市昭和通九丁目所在の本部所属の南九州担当スーパーバイザーを命じられ、同時にチーフマネージャーとなり、月一、二回担当地区店舗をみて回るようになり、同年五月には近畿担当スーパーバイザーに、同年七月には本部における北陸再建プロジェクトチームのチーム長に、同年一一月には総務課に、昭和五九年三月には店舗運営部の長にと、本部内で次々と配置換えとなり、同年九月一日からは楠葉店勤務となった。

(二) 組合の結成

(1) 被申請人における労働条件は、申請人入社当時から明確なものがなく、三六協定も締結されていなかった。店舗の営業時間は、通常午前一〇時から翌日午前二時ないし午前四時までと夜間営業が主となり、従業員は、二交替勤務制で時間外労働を余儀なくされていたが、これに対し、被申請人は時間外の割増賃金を支払っていなかった。

また、従業員の配転は、年間に数店舗配転させられるなど短期間に次々となされ、時間外手当の不支給など労働条件も悪いことから、退職する者も多く、従業員の平均勤続年数は現在でも一年前後となっている。

(2) 昭和五九年六月六日、本部勤務の清川正幸が解雇理由も示されないまま一方的に解雇されたことが契機となり、以前にも会社の方針ということで一方的に解雇された従業員が何名かいたこともあって、従業員の間に不安が広まり、倉橋社長の十数年来の友人で、昭和五八年二月に入社し、本部大型店プロジェクトチームの店舗開発部の長をしていた三木有三や最年長であった申請人らが従業員に呼びかけ、昭和五九年六月一一日、本部勤務従業員らが中心となってサン書店労働組合(以下「サン労組」という。)が結成され(結成時組合員三一名、その後五五名まで増加した。)、初代の執行委員長には三木有三が、副執行委員長には申請人及び長井宏暁が、書記長には小川洋一がそれぞれ就任し、その後同組合は、総評全印総連に加盟した。

(三) 組合の活動と被申請人の対応

(1) サン労組は、結成後直ちに右清川の解雇撤回、時間外・深夜労働手当の支給、労働基準法の遵守を主たる要求項目として団体交渉の開催を被申請人に要求したが、倉橋社長は、組合三役を個別に呼び、組合結成を非難し、申請人らに組合をやめるよう求め、その後なされた団体交渉においても話し合いは進展しなかった。

(2) 右清川は、サン労組の支援を受けて、昭和五九年六月二二日神戸地方裁判所尼崎支部に地位保全の仮処分申請をし、同年七月一六日の審尋期日において、被申請人が解雇撤回を約したことから事実上の和解が成立し、右清川は職場に復帰した。

(3) サン労組は、同年六月被申請人の時間外割増賃金の未払等について尼崎労働基準監督署に告発し、その後の団体交渉において、被申請人はその支払を約したものの、過去の未払賃金については未だ解決していない。

(四) 被申請人による降格人事、配転人事等

(1) 被申請人は、昭和五九年八月、サン労組委員長三木、副委員長申請人に対し、次のとおり降格人事をした。

(イ) 三木に対し、レポート提出が遅れ、マネージャーとして適任でないことを理由として、マネージャー職を解いた(一万円の手当がカットされた)。

(ロ) 申請人に対し、同年七月北陸への店舗視察同行のため休日出勤を含む出張命令を同人が三六協定が締結されていない以上、時間外労働はできないとしてこれを拒否したことを理由として、チーフマネージャー職を解き、マネージャーに降格した(二万円の手当が一万円に減額となった)。

(2) 被申請人は、同年九月一日付で、尼崎本部勤務のサン労組委員長三木を小型店である垂水店(神戸市)店長に、同副委員長申請人を小型店である楠葉店店長に配転するなど、本部勤務の同組合の主要メンバー全員を店舗勤務に配転し、そのため同組合の活動に支障が生じるようになった。

(3) 被申請人は、組合活動に積極的であった執行委員福田正生(明石市の大型店である大久保店勤務)に対し、同年一〇月二四日付でファクシミリ不正使用(組合のチラシを一枚三木店長に電送し、二〇円相当の損害を与えた)を理由として、「(1)始末書提出、(2)出勤停止三日間(賃金カット)、(3)次回の昇給停止」の処分をし、さらに同月二七日に、一一月一日付で小型店である富山一号店へ店員として配転辞令を出した。右福田は、右配転が懲戒配転である旨の被申請人社長倉橋の発言を聞き及び、前記懲戒処分が事案に比して重いものであったうえ、さらに配転させられる二重処分であるとしてこれを拒み、サン労組の支援を受けて、神戸地方裁判所に配転の効力停止の仮処分を申請した。

同年一一月、被申請人の管理部長として入社した明司康弘は、労務担当として、同月一三日サン労組委員長三木と福田就労問題につき話し合ったが、その際三木に対し、倉橋社長に対する怨念派組合員として、坂口、宮脇、神戸、水上、溝川、福田などの名を示し、いずれ会社を辞めてもらう人である旨発言した。

その後被申請人と福田との間で話し合いがなされ、同月一九日被申請人は前記転勤命令を撤回し、同月二〇日付で福田を西荻窪店店長となる配転辞令を出したが、右福田はその後就労意欲をなくし、昭和六〇年二月退職した。

(4) 被申請人は、組合活動に積極的であった宮脇正治に対し、昭和五九年一二月一日尼崎の本部営業部商品課から富山一号店へ配転の内示をし、同月一〇日発令した。右宮脇は家庭の事情から配転を拒否し、一時期就労闘争をしたが、就労意欲をなくし退職した。

(5) 被申請人は、組合員で小型店である西宮店店長の坂口健司に対し、売上不振店になったことを理由として昭和五九年一二月一七日付で店長の職位を停止し、本部研修とする旨の処分をし、その後同人は退職した。

(6) 被申請人は、昭和六〇年一月下旬、組合活動に積極的であった執行委員神戸和輝に対し西宮店から新潟県の小型店である長岡店への、また同組合員小松聡に対し尼崎店から富山一号店への各転勤内示をし、これに対し、同人らはこれを拒否し、サン労組はビラ貼りなど抗議運動を行なった。その結果、被申請人は、右各内示を取消したが、両名に対し、同年二月一三日付で本部研修生を命じる降格人事をし、右両名は尼崎の本部において他の社員から隔離された場所で従前はパート従業員が行なっていた単調な本のスリップ整理につかされ、同年四月一五日右本部が尼崎から現在の吹田に移転した後も、右両名だけ残留させられており(両名とも四月三〇日付で研修生から本部営業部商品課勤務を命ぜられたが、勤務の場所、内容は従前と同じであった。)、同人らは、同年七月八日、大阪府地方労働委員会に対し、不当労働行為救済申立をした。

(7) 被申請人は、昭和六〇年二月店長資格試験制度を設け、これに合格した者に職位を与えるものとし、現にチーフマネージャー、マネージャー、店長の職位にある者(サン労組の中心メンバーはこれらの職位にあった)もこれに受験し合格しなければ職位を認めず(手当を打切る)、平社員として扱うこととし、一方的かつ差別的(「課長」やマネージャーより下位で店長より上位の「スーパーバイザー」職にある者は自動的に店長資格を有するとされていた)な制度であるとしてサン労組が反対を表明しているのを無視してこれを実施した。そのため、申請人を含めた組合三役は、抗議の意思表示として受験せず、申請人においてはマネージャー兼店長から降格させられ(手当も打切り)、委員長三木有三は店長から降格させられ、副委員長兼書記長代行の長井宏暁もチーフマネージャー兼店長から降格させられた(手当二万円が全額打切り)。

(五) 組合三役の辞任

申請人、三木らサン労組の組合三役は、組合活動の中心的な役割を担ってきたが、被申請人による前記一連の配転、降格人事等の組合攻撃は、倉橋社長の側近あるいは友人であった組合三役に対する個人的憎悪に基因していると判断されたことから、今後の労使関係正常化のためには一旦身を引いた方がよいと考え、昭和六〇年三月三日開催の組合大会で三役を降り、新委員長には清川正幸が選任されたが、その後も申請人は組合の近畿東地区担当者となるなど、旧三役はいずれも組合の中心的活動家として組合活動に積極的に参加していた。

(六) 第二組合の結成

昭和六〇年四月六日、被申請人会社内に課長米丸孝三(入社に際し、今後一切組合活動はしない旨約して被申請人に採用されていたため、サン労組に加入しなかった。)、スーパーバイザー堀田一良らを中心として第二組合のゼンセン同盟サンブックスユニオン(以下、「サンユニオン」という。)が結成され、委員長には右堀田が、書記長には右米丸が就任した。

右サンユニオンは、労使協調路線を標榜し、同年五月七日には、未だサン労組との間で未解決の昭和五九年五月三一日以前の未払時間外勤務手当及び深夜勤務手当の支払につき合意し、また同月下旬ころ、新しい就業規則及び資格試験制度を基本にした職能別の賃金規程制定につき合意し(サン労組と被申請人間においては、就業規則改訂等について合意されていない。)、被申請人から労働基準監督署に届出された。

なお、被申請人の営業部長や管理部長は、サンユニオン結成の前後に、地区店長会議においてサンユニオンに加入するよう発言したり、勧誘したりしていた。

(七) 三木に対する西荻窪店配転

(1) 昭和六〇年五月一三日、被申請人はサン労組前委員長で垂水店勤務(月商約七〇〇万円、同年三月下旬に一名欠員となり、一人勤務となっていた。)の三木に対し、小型店である西荻窪店配転(五月三〇日移動、同月三一日着任)の内示をし、これに対し、同人は、同月一五日、小児ぜんそくを患っている九才の次女の通院の都合など家庭の事情があって配転に応じられない旨説明したが、被申請人からは配転に際し家庭の事情を考慮する必要はないとの意向が示された。同月二〇日、荒木営業部長は、三木に対し、西荻窪店には店員として行ってもらい、期限は無期限である旨説明し、さらに、三木が所持している被申請人の株を倍額で引き取ること、何らかの功労金の支払により退職してもらいたいことを申し出た。同月二二日、被申請人から正式に西荻窪店店員として配転する旨の辞令が交付されたため、三木は、同月二八日神戸地方裁判所に対し、不当労働行為及び人事権濫用を理由として配転命令の効力停止の仮処分申請をし、同年七月一七日同裁判所は右申請を認容する仮処分決定をした。

(2) そこで、被申請人は、右三木を自宅待機とし、同月三一日、尼崎事務所でスリップ整理に従事させていた前記小松聡に対し、小型店である佐賀店配転(八月一〇日着任)の内示をし、同月六日には、前回の富山一号店配転内示の際と同様の家庭の事情から右配転を拒否している同人に対し佐賀店勤務を命じる旨の辞令を交付し、同月八日、右小松の後任として、右三木を商品課勤務とし、スリップ整理作業に就かせた。

(3) なお、右小松は、同年八月九日神戸地方裁判所尼崎支部に対し、不当労働行為及び人事権濫用を理由として配転命令の効力停止の仮処分申請をしたが、被申請人から同年九月一三日付で配転命令拒否を理由として諭旨解雇処分とされ、その後、同年一一月一一日に同裁判所は右小松の地位保全の仮処分決定をした。

(八) 西荻窪店

(1) 西荻窪店は、昭和五七年四月開店し、売場面積六三平方メートルの小型店で、関東地方における被申請人の唯一の店舗であるが、この二年間の平均月商は五〇〇万円前後で、被申請人全店三〇店舗における平均月商九〇〇万円(昭和六〇年八月)の五割強しかなく、最下位付近にある店舗である。被申請人は、不振店としてここ二年間に延べ一四名の本部社員を派遣し、その再建にあたったが、売上げ横ばいのため、昭和五九年二月ころ売却の方針とし(その後買手もついたが、金額で折り合いがつかなかった。)、その後は特段の対策を施すことなく、不振店のまま推移し(被申請人は、昭和五九年中に店舗業務に熟知していたベテラン従業員を本部に引き揚げている。)、昭和六〇年五月当時は、店長資格のない斉藤善夫と嵐淳一の二名がその業務に従事していた。なお、右斉藤は昭和六〇年七月二日付書面をもって、八月一五日付で退職する旨被申請人に申し出ていた。

(2) 被申請人は、西荻窪店を大手出版元の集中する東京地区におけるパイロット店と位置づけ、中期計画(昭和六二年六月から昭和六六年五月までの四年間)として、昭和六〇年四月一〇日付「サン書店関東進出・東京仕入事務所計画について」を策定し、昭和六二年六月以降直営あるいはフランチャイズ展開で関東への本格進出するとしている。そして、右計画を実行するためには、東京の市場動向調査の準備にとりかかる必要があり、右任務は店舗開発事務に属するもので、店舗開発の仕事の経験が必要となる。右適任者としては、その経験のある三木有三及び米丸孝三店舗開発課長が最適任であり、店舗開発課の豊嶋道広(昭和五八年九月入社)も適任である。

なお、申請人には店舗開発の仕事の経験は全くない。

4  申請人に対する本件配転命令及び解雇

(一) 申請人は、昭和六〇年二月、店長資格試験制度に関連して、荒木営業部長から、「もし本部でスーパーバイザーとしてやるのであれば、組合を辞めるのが第一条件である。」旨被申請人の方針を伝えられたが、早(ママ)刻これを断った。申請人は、同年四月になって、被申請人の関連会社である株式会社サンB、V(本店は西宮市)から被申請人を辞めて、同社に来てはどうかと誘いを受けたが、これも断わったところ、倉橋社長から「どうしてサンB、Vの誘いを断ったのか、新天地を求めてはどうか」と退職を求められた。

(二)(1) 申請人は、同年七月一〇日ころ、近畿小型店地区担当スーパーバイザー福田俊明から、「もうすぐ富山三号店(小型店)への辞令が出る」旨配転の話しを聞いていたところ、前記三木の仮処分決定が同月一七日出されたことから、被申請人は急拠三木に替わって申請人を西荻窪店に配転することとし、同月二二日、明司管理部長からの連絡として、スーパーバイザー福田俊明が申請人に対し西荻窪店配転(八月三日、四日移動日、五日着任)の内示をするとともに、八月一五日に退職する従業員の補充と東京における店舗開発業務を担当してもらう旨説明したが、申請人は家庭の事情から配転には応じられない旨伝えた。

(2) 同月二七日、申請人は明司管理部長と配転について話し合い、明司部長は、「三木が本来適任者であるが仮処分決定のため、ベテランである申請人に替りに行ってもらう、店舗勤務をしながら、出店の準備として市場動向調査や資料を集収して欲しい」旨説明し、これに対し、申請人は、母親は全くの寝たきりで、兄夫妻と申請人夫妻が身の回りの世話をしていることなど家庭の事情を詳しく説明し、配転に応じられない旨話したが、明司部長は「人事配転とは関係ない」とし、再度配転に応じてくれるよう説得したい旨表明した。

(3) その後、申請人と何ら話し合いのないまま、被申請人は、同月三一日本件配転命令を出した。

(三) 申請人は、右配転を拒否し、同年八月五日、当裁判所に本件配転の効力停止の仮処分申請をしたが、被申請人は右配転拒否を理由に同年九月一三日付で申請人を諭旨解雇処分とした。

(四) 被申請人は、西荻窪店の二名の従業員のうち、一名が同年八月一五日退職し、申請人が配転に応じなかったため、同年九月一二日付で三木店勤務の三浦浩史(昭和五九年大卒採用)を西荻窪店に配転した。

(五) なお、現在サン労組の組合員は二五名であり、サンユニオンの組合員は約五一名であるが、昭和五九年七月から昭和六〇年六月までの両組合員の配転者数の比率をみると、本部から近畿地区店舗へ配転された者については、サン労組は退職者を含め一三名、退職者を除いても八名なのに対し、サンユニオンは一名であり、近畿地区店舗から本部へ配転された者については、サン労組は三名なのに対し、サンユニオンは五名であり、近畿地区から地方店への配転については、内示の者(退職者も含む)を含めると、サン労組は五名なのに対し、サンユニオンはゼロであり、地方から近畿地区に戻された者については、サン労組が二名なのに対し、サンユニオンは六名である。

また、右期間中の降格者は、サン労組が七名であるのに対し、サンユニオンはゼロであり、昇格者は、サン労組が二名であるのに対し、サンユニオンは一〇名となっている。

5  申請人の家庭の事情

(一) 申請人は、現在妻久美子(三六才)と長男裕樹(七才)、次男紘樹(四才)の四人家族で、昭和五九年四月住宅ローン(三五年支払)で購入した肩書住所地のマンションに住み、被申請人から支給される給与で生活している。

(二) ところで、申請人の実母池田てる子(八〇才)は、変形性膝関節症、腰椎骨多孔症、高血圧症、脳動脉硬化症で昭和六〇年一月二四日大阪市都島区の協和病院に再度入院し、歩行困難で、血圧変動が激しく、ベッドの上に寝たきりの安静加療中で、付添看護の必要な状態にあり、申請人は、妻及び大阪市城東区在住の申請人の兄池田豊夫婦と交替で、実母のしもの世話から風呂、食事の世話などの看護をしている。七月からは付き添い婦を依頼しているが、てる子が肥満体で重く手がかかるうえ、両耳とも殆んど聞えないため嫌がられ、てる子も付き添い婦を嫌がることから、短期間で交替し、申請人兄弟夫婦がほぼ毎日のように見舞って、世話をしている状況にある。右付き添い看護料として月一八万円ほど支払い(実質負担は月八、九万円)、申請人において月約二万円を負担しているが、その支払も相当の負担となっている。

(三) また、兄豊は、妻(三六才)と長女(一一才)、長男(三才)それに実父鎌次郎(八三才)の五人で生活しているが、父鎌次郎は、この一〇年、脳卒中、交通事故による骨盤骨折、肺炎、脳血栓を患い、その後遺症や高齢による老衰も加わり、寝たり起きたりの生活であり、また今年になって白内障の手術をするなど、家族による看護を欠かせない状態にある。

(四) 申請人が東京勤務となったときは、単身赴任をせざるを得ないが、申請人の収入からは、二重生活をすることは経済的に不可能となるうえ、母の世話などに大きな支障をきたす虞れがある。

なお、被申請人においては、昭和六〇年四月、従前支給していた赴任手当月額四五、〇〇〇円の制度が廃止されており、赴任支度金及び月二回の帰宅旅費支給制度が設けられている。

6  賃金

申請人は、被申請人から、給与を毎月一五日締二五日払いで支給を受けており、本件解雇前の昭和六〇年六月から八月までの三か月の賃金合計は八二八、九五二円であり、健康保険料、厚生年金、雇用保険料、所得税、住民税合計一一〇、七六八円を控除した後の月平均受領額は、二三九、三九五円であり、同年八月一六日以降の賃金は未払である。

三  本件解雇の効力について

1  申請人は、本件配転命令は、サン書店労働組合の副執行委員長をするなど組合の中心的活動家として組合活動に積極的に参加していた申請人を、配転に応じられない東京勤務を命じることにより退職せざるを得なくするとともに、申請人の組合活動上の影響を減じるためになされた報復人事であって、不当労働行為にあたり、また、配転を命じる業務上の必要性を欠き、かつ申請人に著しい不利益を与えるものであって、人事権の濫用でもあり、いずれにしても無効というべきであって、申請人がこれを拒否することはまことにやむを得ないものであり、本件解雇は、解雇権の濫用として無効である旨主張する。

これに対し、被申請人は、本件配転は、会社の業務上の必要に従い、適性な人選に基づいて行なったものであって、申請人主張の不当労働行為とは何ら関係なく有効であり、申請人が本件配転命令に応じない以上、社内秩序の維持のために就業規則に基づいてなした本件解雇は有効である旨主張する。

2  前記認定事実によれば、被申請人は、清川解雇問題を契機に結成されたサン労組に対し、その結成時から嫌悪感を抱き、特に同組合三役に就任した三木や申請人らが被申請人の倉橋社長の十数年来の友人や社内における側近的立場にあったにもかかわらず、清川問題のほかにも、時間外労働手当支給、配転撤回闘争、その他労働条件をめぐる諸問題で会社と対立的立場に立ち、サン労組の組合活動の中心的な役割を担っていたことから、同人らに対する嫌悪感を強めていたということができ、サン労組組合員に対して昭和五九年八月以降なされた一連の降格人事、配転、懲戒処分等をみると、比較的軽微な違反や事柄を理由に不当に重い処分や降格人事をし、あるいは業務上の必要性に疑問の持たれる配転がなされていること、他方サン労組結成後一年を経ずして結成されたサンユニオンの結成及びその後の活動に被申請人が助力していたことが窺われ、被申請人と協調的立場に立つ同組合の組合員に対してなされた配転人事その他の処遇は、サン労組組合員に比して優遇されていること、被申請人としては、遅くとも昭和六〇年四月の時点で申請人の退職を望んでいたこと、本件配転命令に先き立ち、サン労組前委員長の三木を西荻窪に配転するとともに、前副委員長の申請人に対しては富山三号店への配転を予定していたこと(なお、申請人を西荻窪店に配転する業務上の必要性について疑問があることは後記説示のとおりである。)などの諸事情を勘案すると、被申請人による本件配転命令は、申請人のサン労組における影響力を弱め、さらにはその退職を意図してなされたものと推認することができ、申請人の前記組合の結成、正当な組合活動に対してなされた不利益な取扱いにあたり、不当労働行為と解するのが相当である。

3  また、申請人を西荻窪店に配転する業務上の必要性について検討する。

被申請人が昭和六〇年四月一〇日付で「サン書店関東進出・東京仕入事務所計画について」と題する中期計画を策定したことは前示のとおりであるが、西荻窪店は開店以来売上成績が不振で、被申請人の再建努力にもかかわらず売上の改善がみられなかったことから、昭和五九年二月ころには売却処分の方針となり、現に売却の話しもあった店舗であること、被申請人は、関東進出について強調するが、疎明資料によれば、昭和六〇年五月二九日、被申請人にとって、年一回管理職等に経営方針や重要な政策を発表する重要な会議である全国店長会議が開催されたが、その席上、西荻窪店の再建、関東進出にあたっての店舗開発準備など右策定にかかる中期計画に関する事項について、何ら議論されていないこと、また右計画の策定当時社内において十分論議された形跡が窺えないことが一応認められ、さらに申請人に替って西荻窪店に配転された三浦浩史は入社一年余りのもので、不振店の再建や店舗開発の仕事の経験を有しない者であること等の事情に照すと、被申請人に右計画を真に実行する意思があったか疑問がもたれるところであり、申請人を西荻窪店に配転しなければならない業務上の必要性があったとは認め難い。

また、不振店対策として申請人を配転する業務上の必要性が仮に認められるとしても、前記認定のとおり、申請人には東京勤務には応じ難い家庭の事情が認められ、申請人から右事情の説明を受けながら、これを考慮することなく申請人に対し本件配転を命じたことは、申請人に著しい不利益をもたらすものであって、人事権の濫用にあたるというべきである。

4  以上説示のとおり、本件配転命令は、不当労働行為にあたり無効というべきであり、また人事権の濫用としても無効というべきであるから、本件配転命令に従わなかったことを理由としてなされた本件解雇の意思表示もまた無効である。

四  保全の必要性

前示のとおり、申請人は家族と共に肩書住所地に居住し、被申請人から支給される給料が唯一の収入であって、これによって生計をまかなっているものであり、被申請人は、本件配転命令を拒否したことを理由に申請人を解雇し、申請人が被申請人の従業員であることを否定しており、申請人は現在無職の状態にある。

従って、申請人が被申請人に対し雇用契約上の地位を有すること及び西荻窪店において就労すべき義務のないことを仮に定める必要があり、また、賃金仮払については、前記月平均受領額二三九、三九五円の範囲で必要性があるというべきである。

五  よって、申請人の本件申請は理由があるから、保証を立てさせないでこれを認容し、申請費用の負担については、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 桐ケ谷敬三)

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